秋田出身秋田育ちが秋田を離れたからこそ気づいた地域の良さ

秋田出身

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秋田出身秋田育ち、西宮へ行って帰ってきた

私は秋田で生まれ、秋田で育ちました。関西の大学に進学して数年間西宮で過ごしましたが、今は地元秋田に帰りweb関係の仕事をしながらこのブログを運営しています。ここで少しばかりブログを運営する上での、私の秋田に対する想いを綴ろうと思います。

秋田にいたときの秋田

小学校から中学校までは歩き、高校は自転車で通っていました。遊びに行くにも、移動できる範囲は自転車で行ける距離、せいぜい片道3km程度だったのではないかと思います。なので、家族旅行や学校行事くらいでしか遠くに行ったことはありません。高校生までは秋田がどのようなところなのかほとんど知らなかったし意識したこともありませんでした。私の秋田は自転車で移動できる範囲であり、冬になれば雪が降るし、食べる米は親戚のうちのもの、漬物は甘いのが世界の常識でした。
この時点では秋田のちょっとしたところしか知らないので、ただ住んでいるところが一番いいだろうという好きだと思います。

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秋田を出てからの秋田

大学時代は兵庫県の西宮で暮らしました。坂は多いけど雪は降らないし冬でもテニスができて自転車に乗れる!夏は40℃も平気で超え、降り注ぐ日差しになんだか太陽が近いと感じました。秋田とは太陽の距離が違うなと思ったものです。秋田とは全然違う世界がありました。

一番驚いたことは、話す言葉がほぼ100%なまっているということ

大学は全国様々なところから人が集まるので気づきましたが世の中の人はなんとなまっていることかと感じました。特に関西なので静岡以西の人が多く集まるのですが、皆それぞれの地域の方言、なまりを違和感なく普通にしゃべります。
高校生までの私はなまることが恥ずかしいと思っていました。秋田は市内のこどもはほとんど言葉のなまりがありません。「投げる=捨てる」というような方言は浸透していますが、なまりというのはあまりないと思います。父母や祖父母はまだなまっていますので、しゃべれなくとも聞き取ることは可能です。市内を離れればこどもでもなまりが強いので、なんだか違う地域の言葉、テレビに出てくるような田舎言葉だと感じていました。今思えば方言をしゃべれない私の方が恥じるべきだったのもしれません。
なまっていることが恥ずかしいと思っていた私にとって、関西人のしゃべる姿は衝撃でした。普通にしゃべっているのですが、私には言葉が誇りだと感じました。関西には東北人は珍しいので言葉について聞かれることもよくありましたがほとんどしゃべれない私は恐縮するばかり。ああ、ここで秋田弁をしゃべることができたらヒーローになれたんだろうなと思います。なんでしゃべれないんだろうととても悔しく感じると同時に、自分の出身県である秋田に興味がわきました。
関西での暮らしは言葉ならず、文化や食べ物、観光地など様々な発見があり、比例して秋田への関心も高まっていきました。

秋田を知りたくなったきっかけ

地元を離れると特に地元の良さに気づきます。もし、秋田大学に通っていたらこんなに秋田を知りたいとも知ろうともしなかったかもしれません。今までの自分の世界から離れて他の地域を体感したからこそ気づいたことのような気がします。
他県の文化に触れること以外に、知り合った人から受ける影響もかなり大きいものでした。誇りをもって方言をしゃべること以外に、郷土愛も多々聞きましたし逆に聞いてくるのです。私も秋田のお国自慢はしましたが、あまり知っていることがないのを悔しく思いました。

秋田を知る行動を起こした一番のきっかけは、夏休みの帰省に合わせた秋田旅行

私は友達の地元を案内してもらう旅に連れて行ってもらったので、今度は友達が秋田に来ることになりました。地元を紹介してもらってあんなに素晴らしいものがある地域に住む人に見せられるものなんてあるのだろうかと不安になったものです。私自身が秋田の観光地についてほとんど知らないのに、人に紹介できるのか?そこで、慌ててネットで調べ家族に聞き、帰省した際に実際に行ってみることにしたのです。
プレ旅行として訪れたのは角館、抱返り、田沢湖の秋田定番の観光地です。すると、秋田のなんと素晴らしいことか!もちろん名前は知っているし風景写真くらいは見たことがあります。今まで私は秋田の定番すらほとんど知らなかったのだなあと残念に思うと同時にとてもわくわくしてきたのを覚えています。大人になったからでしょうか、雄大な山や水の色にすら感動を覚えました。この感動は卒業制作のテーマにもなり、今のライフワークである地域活性化活動を形作った経験でもあります。
そして、この友人招待旅行のメインは竿燈です。竿燈祭は秋田市が一番盛り上がる祭で、東北3大祭の一つと自慢をしてきましたが、実は当時そんなにすごい祭だと思ってはいませんでした。毎年見ていたし学校で出る側として参加もしていたということもあり、身近すぎててつまらないとすら感じたいました。小さいころからババヘラを食べに行く祭という認識でしかなかったのです。ババヘラを食べて竿燈が倒れてくるスリルを味わう、こんな祭でわざわざ関西からきて喜んでもらえるだろうかと不安でした。

びっくりするほど感動された竿燈祭!秋田を本当に誇りに思った瞬間

いざ竿燈祭に連れていくと、本当にびっくりするほど感動されました。全体的な提灯のあかりの美しさだけではなく、竿燈を上げる人のかっこよさ、お囃子の迫力、ババヘラ、全てに感動してもらいました。その姿を見た私の方が大感動です。鳥肌が立つほど誇り高く秋田最高!と心の底から思った瞬間でした。盲目的に秋田を好きなのではなく、他の世界も知った上で相対的に秋田を好きになりました。

改めて秋田

大学卒業後しばし、私は秋田に帰ることにしました。秋田を知り、広めるなら秋田からなのではないかと思ったからです。車を運転できるようになったことで行動範囲も広がると同時に、自分の秋田の知識が増えもっと知りたい、もっといろいろなところへ行きたいと思うようになりました。

毎年竿燈祭と大曲の花火に友人を招待!感動のおすそ分けをもらう

秋田に帰ってから数年経ちますが、毎年竿燈と大曲の花火には関西で出会った友人を招待しています。多い時で十数人、ちょっとしたツアーのようなものです。鶴の湯に泊まったり大曲の花火を桟敷席で見たり、けっこう貴重なプランを提供しています。

この感動をもっとたくさんの人に伝えたい!人に紹介するのが好き

毎年恒例の秋田ツアーやその他秋田県内、青森などを訪れ、今までに得た情報を人にも教えたいという思いが強くなりました。ひとつは、私自身旅行をするときに、体験談や地元の人の声が一番ほしい情報だと思ったからです。そしてもうひとつは、私と同じような体験を皆ももっとするべきだと思ったからです。
出身県なのに今まで知らなかったことに気づき改めて感動し、もっと地元を好きになればいいのに!その好きな気持ちが地域活性化につながると考えています。

私の考える地域活性化

私にとっての地域活性化は、よく言う「定住」のような大きなことではありません。単純に地域が盛り上がることを活性化と考えています。その地域で何かしたいと思って行動することが活性化につながっていくんだと思います。
行動といっても、じゃあイベント実行委員をやろうとかフリーペーパーをだそうだとか大それたことではなく、旅行で訪れるとか、特産物を買ってみるとかそういうことでいいのです。それが大きくなれば、好きになりすぎて移住するかもしれません。好きを原動力にした行動はきっとすごいことになるはず…そのきっかけが自分だったら嬉しいですよね!私はそんなつながりにわくわくしています。
私の地域活性化としての目指すところは、その地域内外の人がその地域と良い関わりを持つことです。

『秋田自慢をしてもらう』ことがこのブログの目標

  • 新たな発見をしてもらうこと
  • それを人に伝えてもらうこと
  • “より”興味を持ってもらうこと

これがこのブログの目標です。今まで知らなかったことを知ってもらい、ぜひ誰かにそのネタを紹介してください。私のように、今まで普通だと思っていたことが実はすごいことだと気づいてください。きっと面白いと思えることがいくつかはあるはずです。私がこの感動を人に伝えたいように、他の人にも気づいて伝えてほしいのです。そして”より”秋田やその地域について興味を持って関わってもらえればうれしいです。小さなことでも秋田とのつながりをどんどん広げていきたいと思います。
だから、新たな発見があって人に自慢したくなるような情報を集めた、”ちょっとコアでリアルなブログ”を目指します。

いずれは、「秋田に来てもらう」

直接現地を訪れて体感することは、文章や写真を見ることよりも断然刺激的!人に訪れてもらうことで地域の人にも活力がわきます。誰しも自分の好きなものを一緒に喜んでもらえたら嬉しいですよね。 そして、最終的には、「何度でも秋田やその地域に来てもらう」ことが目標です。それぐらい「好き」になってくれたら最高です!何度も来てもらえるような魅力を発信できたらと思います。

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秋田へいつでもきてください

秋田旅行を考えている方は是非お気軽に連絡してください。メールでもSNSのメッセージでも電話でもかまいません。時間が合えば私自身でご案内したいです笑。ただ秋田について知りたいとか、逆に話したいことがあるとか、追加情報のお知らせ、質問なども大歓迎です!

Instagram@akitayori